『津波と原発』 佐野眞一

 本の中身は 津波:原発=1:3

4062170388津波と原発
佐野 眞一
講談社 2011-06-17



 『東電OL殺人事件』の著者による3.11後のルポ。最近、東電OL殺人事件の再審請求が出て、実にタイムリーだ。当時井の頭線の神泉駅の近くに会社があったので、あのあたりの記憶とともに思い出されて妙な気分になった。この本の細部はよく覚えていないのだが、勤めている会社の近所であり事件現場の前を通ったことがあったことも思い出した。

 さて、『津波と原発』だが、ここでしか知りえないような情報というか、人間の生の声というのが読めて、なかなか得がたい経験ができた。

 津波に関しての記述だが、著者にとっては身内が亡くなったわけでなく、知り合いのオカマが無事だったとか、そういう視点で書かれてるのでその恐ろしさの割にはカラっとした書かれ方だ。そこに違和感があった。”おかまの栄坊”のたくましさはそれはそれでいいのだが、それが代表的な被害者として描かれていることに非常に違和感を感じた。逆に被害の最たる職業として漁業関係者にインタビューしたものを載せていて、これについては鋭い視点だと思った。

 原発については紙幅を費やしている。『東電OL~』の話ではないが、まさに東電が絡んでくるのでこの人にとっては大の得意分野なのだろう。当時の取材であったこと東電に対して感じたことがそこかしこに書かれていて、それは最終的に「原子力ムラの悪い構造」という開沼博の言葉で代弁されている。

 全体の3/4を費やして書かれているだけに原発関連は中身が濃い。正力松太郎が原発誘致をプロデュースしたことから、堤康次郎が戦後まもなく3万円で購入して塩田に使用していた土地を、1964年に3億円で東電が買収し、福島県知事や双葉町長が原発誘致に邁進する話が興味深い。「経済浮揚のカンフル剤だと思っていた電源三法交付金が、覚せい剤に変わるのはあっという間だった。」(P233)という表現はまさに正鵠を射ているが、それは為政者に交付金以後のビジョンがなかったからだろう。地元にこれといった産業のない街を豊かにするために手っ取り早い方法だったわけだ。ちなみに補足として以下が書かれている。
「電源三法交付金は発電所の工事開始から運転開始の5年後まで正規に払われるが、6年目以降は大きく減額する。新たに電源三法交付金を支給してもらおうとすれば、原発を新規に建設しなければならない。現双葉町長の井戸川克隆が、三ヶ月間給料ゼロの窮地に追い込まれながら、7,8号機の増設に大きな期待をかけていたのも、そのためである。」
見込みでお金を使ってしまい財政難に陥っているというアホな話。




 ただ、この原発誘致に絡むドロドロを今批判するのはフェアではないと思う。著者もそう思っている感じだ。つまり、原子力を利用して発電に活かそうとする発想は、化石燃料を持たない日本にとって進むべき道だったのであろうし、正力松太郎や東電の社長だった木川田一隆も日本を良くしたいという本心から原発導入に進んだのだと思われる。少なくともこの本からはそう読み取れた。そして地方政治家や東電トップが当初の「国益+利権」の考えから、時代を経て単なる「利権」だけになっていった、ということだろう。

 さて、こういった事実だけが羅列されていればこの本は割と良い本の気がするのだが、最終盤になって胡散臭くなってくる。ひとつが天皇制と地震とを絡めているところだ。「阪神大震災は天皇がお見舞いして効果があったが、今回は祈りが届いていない。近代天皇は都市型だから」(p238-239)。私は天皇制に何の思い入れもないし、右でも左でもないつもりだが、この論法はまったく「?」だ。阪神で届いて、東北に届いていないという根拠もわからないし、そのあとに書かれている「もちろん天皇制はこれからも続くと思う。しかしある意味、この平成の御代で実質的には終わりなんじゃないかという気さえする」の意味もいまいちわからない。国民が天皇をありがたがらなくなるだろうということを言っているのか?それから、「天皇が崩御しなければ改元できないことで足枷がはめられている」という表現をしているがこれも穿ちすぎだと思う。

 また、p248にある「彼らは前述した正力松太郎の”巨大な掌”の中にいることも気づかず、(中略)高度成長に邁進し、その時代を率先して担っていったのである」という表現もよくわからなかった。ここでいう「彼ら」はどう読んでも一般人である私の父母の世代を指しているように見える。東電ではないのだ。なぜそれがすべて正力松太郎の掌になるのかさっぱりわからない。世の中に影響力を持っていただろうが、それをひとりの掌と集約するところに無理がある。この2点の記述が最後の最後に出てくるので、本のオチとしてなんか引っかかりを感じて後味が悪いものになってしまった。

 最後に、今、孫正義こそが政治家よりも誰よりもこの大災害について語ってくれるとして、雑誌で行ったインタビューを一部載せている。今、堀義人とエネルギー論を戦わせているが、個人的には孫の方に期待している。原発は、原発の運用者(東電)と監視者(保安院)が機能していないことに問題があるわけだから、いくら堀氏が原発を推し進めても説得力がない。「原発」それ自体が悪いのではなく(悪だという人ももちろんいるが)原発を取り巻く構造自体が悪いのだから堀氏がいくら原発を科学的に推してもそれは東電を解体というか、すべての電力会社を解体なりして再構築し、自浄作用が働くような組織にしないかぎり説得力がない。このままであれば大きな事故は起こらなくても「もんじゅ」のような税金の垂れ流しを続ける組織であるに違いない。孫は政商だとか言われたりしているが、新たな事業を起こすときにはある程度政府を巻き込んでやらざるを得ないし、逆に言えばそれをまとめるだけの人物が政界にはいないということだろう。
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by vamos_tokyo11 | 2011-08-20 01:59 |


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