『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』 藻谷浩介・山崎亮

 なんとなくみんなが直観で思っていることが正しいことを説明してくれて、ちょっとスッキリする本

4761513098藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?
藻谷浩介 山崎亮
学芸出版社 2012-07-07



 『デフレの正体』の著者藻谷氏がコミュニティデザイナー(って何だよ、って感じだが街の再生をしている人らしい)の山崎氏の素朴な疑問に答えていくという構成の本。対談を基にして書かれているので非常に読みやすい。かつ、お二人とも日本全国各地で仕事をしているようなので、具体例が明確でわかりやすかった。

 この本については、タイトルを見て、かつ答えている人が藻谷浩介氏だったので、即読んでみたいと思った。タイトルが、かねてから自分自信の疑問であったこと、それから、藻谷氏については『デフレの正体』を読んだときに、その説明がわかりやすいなぁ、と思っていたことで、すぐに手にとった。日経新聞を読めば経済拡張を目指す論調ばかり、自分の職場も常に成長・拡張を目指し続けていることもあり、常々「なぜ現状維持ではだめなのだろうか」と思っていたので、ひょっとしてこの本に何かヒントがあるかもしれないと思ったのだ。まぁ、答えがあるかといえばあったようななかったような感じなのだが、日ごろ感覚的に感じていることについて説明がついたようなスッキリ感はあった。少し抜き出してみよう(と思ったら長くなったので以下リンク参照)。





p72から。

・県レベルの経済成長率の計算は仮定の積み重ねの上に成り立っている
・日本はサービス産業関係の統計が未整備なので国レベルの数字も怪しい
・その怪しい数字を見て分かった気になると危ない
・経済成長率の計算自体に限界があるということを理解すべき
・仮に数字が正しく出てもそれは平均。その数字は個人の実感とは当たり前にずれる(←ここ重要)

・経済成長はフローを示す数字
・数字にはフローを示すものとストックを示すものがあり、常に意識して区別しなくてはならない
・日本にはストックが非常に豊かなところと、ストックがなく日銭がないと生きていけない地域がある
・今は目先で儲かってなくても人材のストックがあり、償却の終わったビルもあり、
 ある程度の購買力のある層がいると所得が低い県でもそのストックで食いつないでいける
 本の中では鹿児島県のマルヤガーデンズが例として挙げられている
・一方で、すごい年収があるように見えても、その多くがよそへ流れ出して地元にストックとしてはたまらないというところもある。愛知県が典型。自動車産業の富は蓄積されていない。
・戦争で丸焼けになってストックを丸々失った大阪と、全然焼けていない京都では地力が全然違う。京都は強い。(これは面白い話だが、戦後から60年以上経って大阪も他の都市以上にストックはあると思うのだが)

まとめ
①仮定を積み重ねてつくられた経済成長率の計算が実態とずれる
②経済成長率の計算が仮に正確にできたとしても、それは平均値。そのなかの個人個人と富の増加ペーストはずれている
③経済成長率が本当に高い地域に成長を実感ができている人がいたとしても、そこで測っているのはフローであって、過去にその人がどれだけストックを蓄積できているかという話ではない。その人の暮らしている地域にどれだけストックを蓄積できているかという話ではない。
④経済的にストックがあって、かつ成長していたとしても、その人が人間的に幸せになれるとは限らない。

・ストックを数字にして比べられるかという話もある
 →お金で溜めたストック
 →見えないソーシャルインフラのようなストック(例えば人のネットワーク)
  →「文化」がこれにあたる

・つまり五重くらいに経済成長と実際のパワーがずれる
 →5つの関節がついているマジックハンドで物を掴もうとするようなもの
 →だから数字と現実は不可避にずれる
 →それでも現場を見ずに「すべては経済指標に反映される、それ以外の要素には意味がない」
  と言い切ろうとする傾向が残っている(どこに?世の中?たぶん日経新聞とかそういうのだろうか)

・ストックがあってもフローがなければハッピーじゃないという考え
 →過去に立派な建物がある、ストックがある
 →でも今投資(フロー)がない地域は必ず滅びる、ストックを維持するにはフローが必要だから
 →だから経済成長しなければならない、という一般論

・だけど成長しなくともトントンであればストックが維持できるかも
 →事実この20年の日本がそういう状態
 →成長せずに日本が外国に抜かれてるという人がいるが、
  実際外国に住んでみればいかに日本が恵まれているか痛感する
  それに成長するにしても毎年同率で伸びなくてもいいんじゃないのか?

・マクロ経済学原理主義的な考えに陥ると・・・
 →毎年収入があり、毎年経済成長がないと落第生だと考える
 →なんでも年単位で考える
 →「平均値と個人は違う」のに「個人ではなくマクロの話なんだ」となる
  個人なんか知らない、平均値さえ良ければいい、という考え
 →すべては平均値に収斂するものだという思い込みがありそう
 →マクロの話だけで満足してしまい、「平均側にものは引っ張られる」というイデオロギーを持ってしまう危うさ
 →マクロが豊かになれば個々人も豊かになる、景気が良ければみんなが儲かる、という一種の思い込み

・イデオロギーと言ったのは、これは数学的、物理学的事実ではないから
 →このイデオロギーをもつと「物事は正規分布する」という間違いを安易に信じてしまう
 →みんなが平均を目指せば確かに正規分布する
 →経済学の学問の世界では何でも正規分布することを前提に安易に組み立てられたモデルが横行している
 →この考え方は統計学の基本がわかっていない、ほとんどの物事は正規分布しない

・これまで日本が猛烈に経済成長して、ストックを溜め込んで豊かになったのは事実
 だから経済成長があってよかったということ


p107

・日本の税はとりやすいところからとるシステム
 →サラリーマンからとり、自営業者は本人の申告次第
 →現役世代からは取るけどフロー(収入)のない老人からは取らない
 →ものすごく金融資産を持ちながらほとんど税金を払っていない人も多い
 →固定資産を持っている人からはたくさん税金を取るが、家がなく株だけ持っている人からは資産税が取れない(なるほど!)
 →漁業・農業が豊かな町からは税金が取りにくい
 →だから実態経済上、豊かかどうかという話と、その町の財政が豊かかどうかは必ずしも一致しない


p117

・「みんなが幸せに暮らすため」という目的を忘れたお金だけの成長の議論はすべて極論になってしまう


p121

 幸せは計るものではなく実感するもの
 ・海士町
 ・山奥のカフェ 高知県ぽっちり堂、鳥取県智頭町のカフェ
 ・島根県浜田市の惣菜屋
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by vamos_tokyo11 | 2013-06-09 01:44 |


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