『ソ満国境15歳の夏』 田原和夫

 これは必読。

4806755648ソ満国境・15歳の夏
田原 和夫
築地書館 1998-08



 これも『大地の子』周辺本と言えるのだが、この本を知ったのは、偶然だった。『大地の子』を読んでいるとき、たまたま、日経の最終面にこの本を原作とした映画が製作されている、という記事があった。書いているのはこの本の作者である田原氏。映画を作製しているが、昨今の日中関係が影響して撮影に遅れが生じているとのことだった。記事を見て、ぜひこの本を読みたい、と図書館で借りてみた。

 すごい内容だった。まず、直近に読んだ『チャーズ』と比較してしまうのだが、圧倒的に読みやすい。読みやすさの理由は、文章のうまさと、説明の丁寧さ、書き方からくるものだ。文章がうまいというのは、客観的に理解できるということ。当たり前といえばそうなのだが『チャーズ』ではそれがなかったのでなおさら引き立つ。説明の丁寧さというのは、時系列に並べられないところや地図に線を引いたような内容を文章で説明することの難しさを、丁寧に内容を行ったり来たり、何度か繰り返すことで分かりやすくしていることを指している。書き方が良いというのは、このソ連国境から新京(長春)へ戻るときの状況を日記からだけでなく、当時の事実を織り交ぜながら書いているところからきている。自分たちがここにいたとき、ソ連軍はどのようにルートを辿って攻め込んできて、どこを目指そうとしていたか。関東軍はどのような状態にあったのか。また、もっと俯瞰してスターリンの指令がどこで変わったか。そういったことが生き延びる中で、どういう状況であったのか、運命のいたずらとも言えるような状況がどのように折り重なっていったのか、自分のことにも関わらず、非常に丁寧に分かりやすく書かれている。作家ではない、いち会社員だった方が、非常に丁寧にその人柄がにじみ出る様に書かれていて、感銘を受けた。

 内容については、とにかく、すごいの一言。田原さんたち中学生は飢えで死にかけ、死んだ人もいた。そして、自力で帰れるだけの十分な知恵と体力があり、足手まといになるような小さな家族もいなかったことが大きいというのがよくわかる。この本でところどころに出てくる、老人、婦人と子どもの描写がまたつらい。子どもをおんぶして5歳の子の手を引く母親が逃げる集団の列から徐々に遅れていくシーンなど、ところどころに出てくる描写がほんとうにつらい。その後に『大地の子』のような話になるのが見えており、『大地の子』を読んでいたがために勝手に話の奥行きが見えてつらかった。他にも、捕虜として歩かされていた隊列から、片足を失った松葉杖の捕虜が歩く速度がついていけずに遅れていくと、ソ連兵が戻っていって銃の音だけが聞こえて、松葉杖の捕虜が戻ってこなかったシーンなど、戦慄が走った。
 
 主人公たちのドラマは当然すごいのだが、やはり戦争の持つ凄惨さというか、8/9に対日参戦を決定して、なるべく奥深くまで入り込み、強奪できるものはすべて奪っていこうとするソ連軍とソ連兵の凄まじさを感じずにいられなかった。物のない時代だからということではなく、兵が入ってくることの意味というのは、すべてが無法地帯となり、人の命は軽んじられ、強盗・殺人・暴行・強姦・放火、これらの何をしても咎められることのない状態となるということがよくわかった。当時、60年前だから野蛮な時代だったのだ、というのは誤りで、やはり戦争状態になればそういうことになる。それは、ここ10年~20年前のバルカン半島の例を見ても明らかであり、戦争が死という漠然とした恐ろしさではなく、具体的な恐ろしさとなって感じられた。

 著者は、後に感じたことや分かったことを記されているのだが、その中でもP141にある官僚に対する洞察に鋭さを感じた。
 もともと軍部といえども所詮官僚にすぎないということに尽きると思う。昭和に入ってからの軍部はとくにそうであった。一国の政治に干与しながら、その実、国家、国民のことよりも、自分の組織の利益や自己の立身出世を優先して行動する、己れに不都合なことは極力隠蔽し、あげくの果てに失敗しても自ら責任をとらず、「ご聖断を仰ぐ」などといって責任を他に転嫁しようとするのが官僚の本質だということである。


 著者は、中学の先生から「軍隊というのは自国の民間人を守ることを第一の目的として存在する」ということを教えられていながら、真っ先に逃げ出し、退却し、カモフラージュとして中学生に国境付近で農作業をさせ、ソ連軍の侵攻を遅らせるために、橋やトンネルを破壊し、それより国境側にいる国民を見殺し、捨てるという日本の軍隊の犠牲になったのである。その事実からくるこの指摘は重い。


参考資料で気になった本
 『日本のいちばん長い日』大宅壮一編 文藝春秋新社 1965
 『満州帝国 1.勃興 2.建国 3.滅亡』児島襄 文藝春秋 1976
 『対日工作の回想』イワン・コワレンコ 文藝春秋 1996

日経の記事
http://www.nikkei.com/article/DGKDZO55604450Z20C13A5BC8000/
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 00:56 |


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