『ふしぎなキリスト教』 橋爪大三郎 大澤真幸

4062881004ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
橋爪 大三郎 大澤 真幸
講談社 2011-05-18



p88
一神教で偶像崇拝がいけないのは、偶像を作ったのが神ではなく人間だから。GODではないものを崇拝しているから。
第一部から二部はオタク同士の会話にしか読めず退屈。つまり、漫画やアニメを題材に楽しく語り合っているのと違いがない。ガンダム好きがキャラ同士の会話や振る舞いにいろんな解釈を持たせているのと変わりない。まぁ、学者なんてあるものを突き詰めていく人たちなのだからそうなる。興味のない部分なので読み飛ばし。
面白いのは三部からで、キリスト教がカトリックと正教会に分かれた理由、現在の西洋先進国(EU)がまんま西ローマ帝国帝国跡地であることの解説。

p275
西と東、キリスト教とイスラム教の経済発展の違いは、法律を自由に作れるかどうか。イスラム教では法はGODが作るため、人間に自由な立法権はない。その後、宗教改革と新大陸発見。

p286
理性で行けるところまで行って、その先は行けない。その先に神がいるのなら、信仰を継ぎ足して、二段ロケットでそこに届く。
神の存在証明は、これを信仰なしでやろうとしている。できなくて当たり前。過剰な野心。
哲学の問いが存在の問題に集中するのは、人間が神に存在させられたから。世界も神に存在させられたものだから。神が存在の根拠だった。だから哲学が神学から分離すれば、神を存在の根拠にできなくなる。となれば、理性が存在を根拠づけなければならなくなる。

p310あたりから
キリスト教下で自然科学が発達したのは、ユダヤ教、イスラム教と違い宗教法を持たなかったから。自分たちで法律を作るしかなく、人権も憲法でうたうようになった。
法律がないため、自然こそが神の作ったものであり、それが聖書であり、研究の対象となっていった。自然は神の作ったものであり、その痕跡であるから。

2015/7/2読了
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by vamos_tokyo11 | 2015-12-26 15:42 |


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