10/20(金)Dubrovnik(ドブロヴニク)観光 その1

 まずは街の紹介です。

 ■Dubrovnikとは

 クロアチアの南に位置し、アドリア海に面した町。中世には、ヴェネチアと並ぶ海洋都市国家として地中海交易に名を連ねたそうだ。旧市街地には、かつての面影を残す歴史遺産が詰まっている。
 西ローマとビザンチンの境目に位置し、ヴェネチア、オスマン・トルコという強国に囲まれながら、1805年にナポレオンに共和国が解体されるまで長い間独立を保ってきたという、「奇跡の独立共和国」だった。
 今ではクロアチアきっての観光地として知られ、”アドリア海の真珠”と言われている、このDuborovnikは1979年に世界遺産に登録された。
(参考:Wikipedia

 巷では、「魔女の宅急便」の街のモデルになった、と言われているそうですが(僕自身、妻に言われるまで知らなかったうえに、映画も見ていませんが)、映画の街は、実際はストックホルムの町を参考にしたそうです。ジブリのページにそう書いてあります。それよりもSplit,Trogir,Dubrovnikと来て思ったのは、「紅の豚」の風景に似ているなぁ、と感じていました。そしたらジブリのページにも「アドリア海とその周辺」とあったので、きっとそうなんでしょう。青い空と青い海はまさに映画の通りでした。ちなみに「紅の豚」は大好きな映画です。ジブリの中で一番好きかもしれません。

 Dubrovnikのクロアチアの中での位置
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 街の地図(右下のold townというところが城壁の街です)
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 旧市街の地図(僕らが観光したのはこの旧市街です)
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 ■日記です。

 Sobeの部屋で目が覚める、ベランダへの窓を開けると、こんな美しい朝焼けの景色がありました。
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 そしてベランダからの景色。旧市街が一望できます!
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 朝食はベランダに用意していてくれて、肌寒いのも忘れておいしく頂きました。どうも前日までは暖かかったのに、僕らが来た日から気温が下がったそうです。ジュースもパンもあって、コーヒーは初のボスニア・コーヒー(トルコ・コーヒー)でした。
 こんな感じで底に粉が溜まっています。この部分は飲めません。おいしいですよ!濃いコーヒーが好きな人は気にいると思います。
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 Sobeは階段の途中にあって、すごく急です。本当は背後にそびえるSrg(スルジ山)を登って街を一望したかったのですが、この急坂っぷりと、この階段を登ったところの道路が車道しかなく、危険でとても徒歩では登れそうに無かったので、山を登ることは諦めました。ちなみに山はtaxiでは4000~5000円で登れるそうです。

 ベランダから見たスルジ山。ケーブルカーがあったそうだが、内戦により新ユーゴ軍に山頂駅は破壊されて、今もそのままとのこと。
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 Sobe脇の階段(ここを上りきりました)
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 上りきったところからの旧市街。ここまで上るといい景色!ですが、写真だとベランダからのが小さくなっただけですね(笑)。
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 山の上に宿があるように見えますが、階段をひたすら下っていくと7~10分ほどで旧市街の西側にあるプロチェ門(Vrata of Ploca)に到着します。

 急な下り坂
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 急坂を下りてもまだ、坂が続く。石の階段と家が美しい。
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 プロチェ門(Vrata of Ploca)に到着
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 門の入り口にはこの内戦で砲撃を受けた箇所が赤く記されていました。また、城壁の中には、内戦においてDubrovnikを守り、亡くなった人たちの写真や、破壊された街の写真がありました。ちなみに左上の紋章はDubrovnikの紋章です。
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 門から街の入り口まで城壁で囲まれています。日本の城の門が真っ直ぐになっていないのと同じく、2度ほど直角に曲がると入り口にたどり着きます。街は人でごった返していました。この旅一番の人出です(笑)。やっぱり世界的な観光地なんだな、ということを実感。日本人の団体さんもいました。

 プロチェ門から入るとすぐに現れる街の中心部、ルジャ広場(Luza trg)
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 こちらは広場から南へ上ったところにある大聖堂
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 その後裏の細い道を歩き回ると、Splitと同じ様に路地裏に家があり、普通に生活している人たちがいます。驚いたのが、こんな狭い場所なのに、やたらと階段があること。でっぱった土地に城壁を築いたことがわかります。平らな場所はほとんどない。昔はこういう狭い場所の方が周囲の外敵から守りやすく、好まれたのかもしれません。

 ごちゃごちゃしたところからルジャ広場に通じているプラツァ通り(Ulica od Placa)へ戻る。この通りはかつて水路だったそうで、これより南側が本当の旧市街だったそうです。埋め立てて街を拡張した、ということですね。

 プラツァ通り
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 この通りから交差して路地が延びています
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 後半はほとんど城壁からの絵になります。


 つづく
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by vamos_tokyo11 | 2006-11-14 00:19 | 2006 旧ユーゴ


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