『ポスト資本主義』 P.F.ドラッカー

 1993年に書かれた本で、ドラッカー83歳の著書という事実に驚く。

447800210Xドラッカー名著集8 ポスト資本主義社会 (ドラッカー名著集)
上田 惇生
ダイヤモンド社 2007-08-31


amazon書評は旧版が充実

 ドラッカーという名前は聞いたことがあったのだが、初めて著書を読んだ。思った以上に面白かった。難しすぎず、これなら自分でも読める。この本では考えるための新たな視点を得られた。





 仕事のはなし。この本の中では結構日本のことを褒めている。しかしそれも書かれたのが90年代初頭ということもあるのだろう。チームワークのことをこれほど重要視している本をあまり見ることがないので新鮮だった。もちろんチームの土台は個人。だから個人がスキルを上げなければならない(サッカーも一緒)。ここで書かれているのは個人の役割が高度に専門化していっている中でチームが重要だということを言っている。サッカー型、野球型、テニスのダブルス型などいろいろ出てきてて面白かった。
仕事のほとんどはチームによって行われる(P108)
知識を基盤とする組織においては、あらゆる者が自らの目標、貢献、行動について責任を負う。ということは、組織に働くものはすべて、自らの目標と貢献について徹底的に考え、責任を負わなければならないということである。(P139)

 社会のはなし。グローバリズムの中で地域紛争が絶えない理由を簡潔に表していた。なるほど目からウロコ。旧ユーゴ地域だけじゃなく未だ世界中で紛争は絶えない。
 トライバリズムはグローバリズムの対極ではない。トライバリズムはグローバリズムの核である。ますます多くのユダヤ系アメリカ人が、ユダヤ人意外と結婚するようになっている。しかし、まさにそのために、ユダヤ人はユダヤ人のルーツとユダヤの文化を重視するようになった。
 第二次大戦後の40年間に、クロアチアと結婚するセルビア人男性が増えていった。逆に、クロアチア人やイスラム教徒のボスニア人と結婚するセルビア人女性も増えていった。しかし、そのゆえに、他のセルビア人やクロアチア人やボスニア人は、民族としての独自性を強く意識するようになった。(P198)

 日本は活字本を一部階級に限定するのではなく、学校に普及させたために知識層の厚みが出たというはなし。
 中国やイスラム圏は、印刷本によって学校を変えなかったために衰退し、ついには西洋に屈するに至った。中国やイスラム圏も印刷機を使った。中国にいたっては、活字印刷ではなかったものの、その何世紀も前から印刷機を使っていた。しかし中国やイスラム圏は、印刷本を学校に取り入れなかった。学ぶことと教えることの道具として印刷本を使うことを認めなかった。(P246)

 まるでweb社会を予言していたかのような記述。こういうのがあるとほんとうに驚く。情報化社会の本質のようなものが見える。ただし答えはない。
 知識は通貨のような物的存在ではない。知識は本やデータバンクやソフトウェアの中にはない。そこにあるのは情報にすぎない。知識は人の中にある。人が教え学ぶものである。人が正しく、あるいは間違って使うものである。それゆえに知識社会への移行とは、人が中心になることにほかならない。したがって知識社会への移行は、知識社会の代表者たる教養ある人間に対し、新しい挑戦、新しい問題、さらにはかつてない新しい課題を提起する。(P265)

 本題とはあまり関係ないがなるほどと思った箇所。
年金基金は奇妙な存在である。それは矛盾に満ちた現象である。年金基金は、膨大な資本と投資を支配する投資家である。しかし、年金基金を所有する従業員自信や年金基金を運営する年金管理者は、いわゆる資本家ではない。年金基金資本主義は、資本家なき資本主義である。(P95)

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by vamos_tokyo11 | 2008-12-23 23:36 |


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