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『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』 池上彰

4166608142池上彰の宗教がわかれば世界が見える (文春新書)
池上 彰
文藝春秋 2011-07



 宗教の入門として幅広く扱っていて分かりやすかった。第1章では総論として宗教というフィルターを通して現代社会を眺める(割と紙幅を使っている)。第2章では島田裕巳との対談「ほんとうに『葬式はいらない』のですか?」。第3章以降は仏教(浄土真宗、臨済宗)、キリスト教、神道、イスラム教、最後に養老孟司との対談で宗教そのもののや日本的な宗教観が語られていて興味深かった(「『いい死に方』ってなんですか?」)。

 正直、各宗教の説明や現在の各宗派の問題点はあまり面白くないというか、どうでもいいというか、そんな感じ。それでも神道の話は結構面白かった。そもそも神道ってなんだろうと思っていたのだが、やっぱりそうかという感じで、ちっとも宗教ぽくないのだ。単に日本的な文化にお作法というかルールを設けただけのような感じで、非常にゆるゆるな感じが想像通りだった。

 そういう中でもへぇーっと思わせてくれたのをいくつか。

p81 「家の宗教」化する創価学会
 戦後、過激なやり方で折伏(しゃくぶく)してきたが、今は親から受け継いだ2世3世で完全に家の宗教となっているとのこと。新しく折伏される人はほとんどいない。勧誘されるのは赤ん坊で、もはやキリスト教の洗礼と同じ。だから人間関係のネットワークは緊密だが、外へ広がっていかない。選挙のときだけは活動するけれど、隣人を折伏するというのはないらしい。
 →実態は不明

p84 真如苑
 日産の武蔵村山工場の跡地を買ったり
 →真如苑というのを知らなかったが、派手なようだ。

p88 江戸時代に信仰形態が戻っている
 戦後の貧困や病気の頃には宗教に解決を求めていたが、現代は宗教に期待する人があまりいない。そうなるとパワースポット的なものに人気があつまる。
 日本は超成熟社会だからこの状況が二百、三百年くらい続くと思う。失われた二十年って実は超成熟期の始まりですよ。
 →面白い考え方だけどにわかには賛同しかねるなぁ。

p187 キリスト教の本質
 キリスト教のメッセージは「愛」だと言われるが、イエスの言う愛とは「悲しみを知ること」に限りなく近いのではないか。(山形孝夫)

P241~ 養老孟司対談が面白い
・(日本人の)無宗教の「無」は仏教の「無」(諸行無常の無)
・日本にきて一番良かったことのひとつは宗教からの自由だ(CWニコル)~日本は宗教に寛容
・団塊の世代の「葬式が要らない」は「大学の権威を解体する」と同じ。彼らは理屈で説明がつかないことはなんでも嫌いなんです。考え方そのものが「意識中心主義」。脳のことを調べればわかるけれど、意識なんて人間のほんの一部ですから、こんなあてにならないものはない。その程度のものが世界の中心を占めるというのは、やっぱり一種の偏見、錯覚。自然は人間の意識ではコントロールできない。死も自然現象のひとつだからコントロールできるはずがない。
・日常生活に死は”あってはならないもの”になっている。でもそれは異常。
・一神教は都市の宗教。自然から切り離され、人間しかいない人工世界ですから、死生観だって人間中心になる。日本は世界から見れば「田舎」に属していて、一神教が布教しなかった。私はそっちの考え方の方が、おおらかで好きですけれど。
・「唯一客観的な現実」が存在するという信仰。NHKが自称する「客観報道」なんて、完全な宗教。「環境を守ることが絶対の正義だ」とかいうのも、一種の原理主義。
・自分の目や耳で確認したことを信じる、というなら健全。でも既存メディアの情報は嘘で、ネットの情報は真実、という二分法なら、同じ穴のムジナ。
・一神教的な「一生涯を通じて変わらない私」があって、その行いを裁く「最後の審判」があるといった考え方は、われわれ日本人にはちょっと馴染まないんじゃないでしょうか
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 02:02 |

『不恰好経営』 南場智子

 いい!

4532318955不格好経営―チームDeNAの挑戦
南場 智子
日本経済新聞出版社 2013-06-11



 読後感が不思議だ。内容はドロドロとした起業家の苦労の日々(ご本人は苦労だなどと思っていない様な書き方だが)についての話だが、読んだ後にさわやかで前向きな気持ちになった。著者が起業するきっかけとなったエピソードから、ご主人の看病に軸足を移して社長を退任する話などを経て現在までのDeNA社と著者の半生が描かれている。『ザッポス伝説』や『フェイスブック 若き天才の野望』もそうだったが、やはりこういう起業にまつわる信じられないような働きから生まれる物語は面白い。

 とはいえ、この本に清々しさを感じるのは私がDeNAという会社をほとんど知らないからかもしれない。モバゲーの話であったり、ゲームだと思ったらSNSであったり、それが子供を巻き込む社会問題になったり、プロ野球球団を買収したり、S&B食品の陸上部を買ったり、いろいろと話題を提供している。会社のことを知らないのでなんだか節操のない行き当たりばったりの企業に見える。まぁ、本を読んでもイマイチ会社の理念はわからない。会社が目指したいことはGoogleを超えるインパクトだということが書かれていて、それはわかるのだが、世の中変えたいというのが、それが善行なのかどうなのかはわからないのだけれども。

 ただ、著者が正直に書いているように、経営するというのはそういう面もあるのだろう。コンサルタントとしてSo-netに勧めていたオークションサイトを自分でやることになり、それを黒字化するためにもがていくなかで、可能性を感じるものにどんどんチャレンジしていくという形。そういうわけで何も知らない自分からは変な会社に見えてしまった。でも読後に不思議と元気が出る。そんな本。
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:56 |

『稲盛和夫最後の闘い』 大西康之

 いまいち。

453231898X稲盛和夫 最後の闘い―JAL再生にかけた経営者人生
大西 康之
日本経済新聞出版社 2013-07-13



 稲盛本を読んだことがない人にはそれなりなのだろうが、テレビや新聞・その他の本で稲盛氏の話をいろいろと読んでいる身にとっては中身が薄い、薄すぎると感じる内容だった。副題に「JAL再生にかけた経営者人生」と付いているのだが、そのJAL再生をどのように実現したのか、まさに一番期待したところの内容が薄い。書かれていることに具体例が少ないというか、ひとつひとつの事実を細かく積み上げていくような事例がなく、ざっくりと書かれているので、破綻からこれほど鮮やかに立ち直った理由の詳細があまり見えてこない。

 この本は日経新聞関連の出版社が出しているのだが(著者も元記者)、まさに新聞の特集を寄せ集めて並び替えたような内容だ。さらにがっかりなのが『挑戦者』の題材である第二電電の立ち上げの要約に15ページも使ったり、どっかで見たような話が多い。使いまわしかよ!

 ただ、私が期待していたような内容は、実は稲盛氏にフォーカスを当てることよりも、この本でも重要な紹介をされている森田直行氏が主人公になっていれば、なぜJALが復活できたか、という疑問にストレートに答えてくれるような気がする。

 稲盛氏についての全く知らない人が初めて読むには良い本だろう。でもそんな人がこの本を手に取るとは思えない、というのが率直な感想。


以下引用。

p200
植木社長の言葉
「稲盛さんの経営はマジックでも何でもない。本気で会社を自分の子どもだと思っている。愛情の深さが違う。我が子のためと思うから、万全の自信を持ってモノが言える。サラリーマン経営者では、なかなかああは言えません。この3年間で命を縮められたかもしれないが、まさに起業家の生き様を見せていただいた」

p213
稲盛のものづくり哲学
 こうすればうまくいくというイメージをチームで共有しなければ仕事はうまくいかない
「天然色のイメージが浮かぶまで考え抜かなければ開発は成就しない」
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:50 |

『誰も戦争を教えてくれなかった』 古市憲寿

 こちらは戦争について考えてみる本。世代は私より一回りくらい下だが、気にしている点は同じだ。結論は違うけど。

4062184575誰も戦争を教えてくれなかった
古市 憲寿
講談社 2013-08-07



 この本では僕のように戦争の体験談を身内の人から教えてもらっていないような立ち位置の著者(社会学者)が、世界中の戦争博物館を巡っていろいろ考えるお話。雑誌に連載してたものをまとめたもので、モモクロとの対談があったり、巻末には「戦争博物館ミシュラン」と称して世界中の戦争博物館のランク付けをしている。面白い。「誰も教えてくれなかった」については「誰も教えることができなかった」ということ。そう、実体験してる人もほとんどいない、さらにはあの戦争がどういう意味を持っていたのか誰にもわからないから教えようがなかったのだ、というのがタイトルへの答えになる。

 書き口は非常に軽い。人のブログかFacebookを読んでいるような感じで、さらに脚注がたまにふざけてて、最初はなんだかなぁという感じもする。脚注に「台湾にショウロンポウ食べに行きたい。誰か行かない」とあったりして、全部読む派の自分にはイラっとすることもあった。が、それも序章だけで、本編が始まると基本的には膨大な参考資料や引用元が脚注に書かれていて、これはこれで非常に親切なつくりになっている。気になる本多数。

 この本で面白いのは、アメリカ、ドイツ、中国、韓国、そして日本の戦争博物館から、その国がどのようなスタンスで過去・現在の戦争や過去の事実と向き合っているかということを読み解く作業だ。勝利を前面に出し、今も戦争がすぐ近くにあるアメリカ、ホロコーストと向き合い続けるドイツ、日本の残虐行為を明らかにしつつ、それを寛容的に許している姿勢を見せ立派な共産党をアピールする中国、戦いの歴史を展示し、今も戦争の状態にあり、兵士のおかげで今があり、徴兵制もある韓国。それぞれのスタンスが透ける。そして、国としての態度があいまいなまま、明確な主張ができずにいる博物館が各地にある日本。この分析が非常に面白かった。

 博物館から国の姿勢をあぶりだす、つまり著者の言う「大きな記憶」。これとは別に、民間で勝手連的にそれぞれが事実を展示し、主張するミニ博物館も日本にはいくつかあるということも書かれている。これを「小さな記憶」と書いている。他にも博物館のありかたに対する苦言も面白い。日本の博物館はこんなもんでは楽しくないし、来たいと思わないだろうという。ドイツでは本物を残すことでリアリティを感じてもらう展示方法、中国や韓国では最先端技術を駆使して、戦場での戦闘や敵兵への攻撃を「体感」できるエンタメ的方法などと比べると、日本の展示は生ぬるく感じてしまうらしい。


 結論の前段はおもしろい。

 p269
 東京裁判、歴代首相の「お詫び」、(中略)対外的な物語はおおよそ確定している。日本は侵略戦争をして、アジア諸国に多大な迷惑を掛けたという「大きな記憶だ」。
 しかし、それは一定程度は国民的な「大きな記憶」になっているが、それに反するような言動や行動を、公人である政治家たちさえもしばしば自ら行う。
 これこそが、日本の国立歴史民族博物館で戦争を描けない理由だ。いったい、どっちなのって話である。
 そして「大きな記憶」が確定していないから、歴史認識をめぐる事件が延々と生まれ続ける。2013年春に起きた大阪の橋下徹市長の「慰安婦は必要だった」発言は、まさにその象徴だろう。この橋下騒動は、強制力なしに、人々の発言や行動を一つの歴史に確定させるのが、いかに難しいかをあらためて確認させることにもなった。


 完全に同意だ。ドイツですら国が教育を進めていて、コストも掛けているにもかかわらず、ネオナチが出てくる。中国や韓国でも「反日」という「大きな記憶」の構築を企ててきたが、これだけ文化交流が進む中で、素朴な反日感情を抱くほうが逆に至難の業だとしている。これもわかる。

 さらに、あの戦争は空前絶後の一度きりの出来事で、同種の戦争を日本は経験していないから、あの戦争をいかに記憶するかということに正解はない、としている。まぁ、そうかもしれないが、これはついてはちょっと乱暴かと思う。記憶はうつろいやすく定まらないものというのはその通りだと思う。だからこそ、常に時代に沿って記憶について自分たちで考えておく必要があるのではないだろうか。自分なりの「大きな記憶」、つまりあの時代への解釈を持つことをやめてしまうのは違うのでないかと思う。ここのところ自分の読む本が戦争関連に向かっているのはそういう問題意識なのかもしれない。著者が最終的に「いっそ戦争なんて知らないほうがいい」というのは間違っていると思う。

 不思議なのは著者は自分でとことん調べて・聴いて・見て・読んで、知識を蓄えてきているにも関わらず、そういう結論に到達していくことだ。モモクロが戦争に対する小学生・中学生レベルの問いに全然答えられないことを肯定しているのは、やはりなんか違うと感じる。この人、将来子どもができても「戦争のことなんか知らなくていいよ」と言うのだろうか。僕にはデール・マハリッジが訴えるものの方がズドンときた。


以下は脚注から気になった本など。
いかん、また戦争関連本だらけだ・・・。
よくよく考えたら自分の気になっていたところにこの本がぴったりハマってるんだな。

p43 一ノ瀬俊也『旅順と南京日中五十年戦争の期限』
p77 姜尚中、森達也『戦争の世紀を超えて その場所で語られる戦争の記憶がある』
   アウシュビッツを訪れるのは「(決して認めたくない領域ではあるけれど)微かにうきうき」
   → 怖いもの見たさ、お化け屋敷的なものは否定できない。
p82 イタリアは戦勝国? →これは知らなかったし驚いた。
 イタリアは連合国に対しては確かに「敗戦国」と言えるのだが、1943年10月にはドイツに宣戦布告、1945年7月には日本に対しても宣戦布告を行っている。
 日本とは実際には交戦しておらず、サンフランシスコ講和条約にも参加していないが、日本政府とは個別に協議を行っている。つまり、対ドイツ、対日本においてイタリアは「戦勝国」とも言えるのだ。

脚注
 第二次世界大戦では、フィンランドやハンガリーなど合わせて5カ国が連合軍に対して講和条約を結んでいる。連合軍に対する戦争という意味ではフィンランド、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリーも「敗戦国」と言える。

p103 西澤泰彦『植民地建築紀行 満州・朝鮮・台湾を歩く』『日本の植民地建築 帝国に築かれたネットワーク』
p182 小熊英二『<日本人>の境界 沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』
p187 301 クリントンスピーチ 「The Ryukyu-Okinawa History and Culture Website」ややこしいことは普遍化させてしまうのが一番
http://www.niraikanai.wwma.net/pages/archive/itoman.html
p211 348 上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』
p226 パオロ・マッツァーリ『怒る!日本文化論 よその子供とよその大人の叱り方』
p249 石川明人『戦争は人間的な営みである 戦争文化試論』
p250 萱野稔人『カネと暴力の系譜学』 国家は暴力団と同じ仕組みで人々の安全を保障する。そうそう。
p254 P・W・シンガー(小林由香利訳)『ロボット兵士の戦争』
p257 土屋大洋『サイバー・テロ 日米VS.中国』


巻末の戦争博物館ミシュランの中で行ってみたいと思ったところ。

・アウシュビッツ博物館(ポーランド)
・ザクセンハウゼン記念館・博物館(ドイツ)
・アリゾナ・メモリアル(ハワイ)
・戦艦ミズーリ記念館(ハワイ)
・遊就館(九段下)
・東京大空襲・戦災資料センター(江東区北砂)
・記念艦「三笠」(横須賀中央駅)
・舞鶴引揚記念艦(舞鶴)
・広島平和記念資料館・原爆ドーム(広島)  小学生以来行っていないのでまた行きたい
・呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)(呉)
・知覧特攻平和会館(鹿児島)
・沖縄平和記念資料館
・ひめゆり平和記念資料館
・旧海軍司令部壕(沖縄)
・ヨーロッパ・ユダヤ人犠牲者記念館(フランデンブルグ門近く)
・ベルリン・ユダヤ博物館
・侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館(南京)
・シロソ砦(シンガポール)
・戦争記念館(ソウル)
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:46 |

『日本兵を殺した父』 デール・マハリッジ


4562049251日本兵を殺した父: ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦と元兵士たち
デール マハリッジ Dale Maharidge
原書房 2013-06-24




 今年は戦争関連の本ばかり読んでいる。今回のは小説ではない。沖縄戦に従軍した父を持つ息子(=ピュリッツアー賞ジャーナリスト)が、父の死をきっかけに当時の軍の同僚たちにその戦争がどんなものであったかを教えてもらうという内容だ。PTSDの症状が出て、家でも突如として暴力的になる父を持つという家庭で苦しみながら育った著者が、父が語ってくれた戦争の情報を基に、どのような戦場で、死んでいった父の同僚マリガンがどのような亡くなったのかを明らかにしていく。最後には沖縄を訪れ、当時の沖縄を知る人たちとの出会いもある。

 これまで読んできた戦争関連の本は、小説や、実際の経験者であっても軍人ではなく被害者としての一市民からの話であった。この本は兵隊であった人々の声を載せていて、さらにはそれが米軍側の人々の話である。直接戦場で銃弾を潜り抜けて来た人たちの話は重い。祖父に従軍したときのことを聞けなかった自分としては、学ぶことが多い本だった。

 戦後68年経ち、当時従軍していた人たちに語ってもらうためには、もう本当にギリギリである。既に遅い部分もある。この本の凄い点はいろいろあるのだが、2010年、2011年にインタビューした人たちのうち、既に他界してしまった人が複数いることだ。まさに著者が父の戦場を理解するためには、ギリギリのタイミングであったことがうかがえる。インタビューは著者の父が所属していたL中隊(ラブ中隊)の同僚たちに行われている。

 この本では戦争にならざるを得なかったマクロ的な視点が語られているわけではない。現場で起こっていたこと、戦争の悲惨さ(と書いてしまうと安っぽくなる)が、それを経験した人たちから語られている。そして12名の元海兵隊員からの話で戦場とはどういうところかということが伝わってくる。

 第一部で著者の父がどのように戦後を過ごし、著者自身がどのような家庭で育ってきたかが語られる。戦争が何十年も暗い影を落とすことがよく分かる。第二部ではL中隊が戦ったグアムと沖縄の位置づけについて説明がある。第三部では12名の元兵士たちにインタビューが行われている。それぞれの戦争への思い、日本人への思いが語られており、興味深い。未だに日本人を見ると気分が悪くなる人もいれば、日本人・日本に対してなんのわだかまりもなく、彼らも被害者だったと言える人もいる。クルマもずっとスバルだという人もいる。第四部では沖縄を訪れ、日本で拾った父の遺品を持ち主の家族に返したり、マリガンが亡くなった激戦地、シュガーヒルを訪れたりしている。そして現地で戦争の記憶を持つ人々と色々なゆかりの地を訪れる。少年兵として従軍させられ戦場で親友をなくした山田義邦さんの話は壮絶だ。最後にマリガンが亡くなった地で沖縄式の墓参りをする際の、山口順一さんとの邂逅は美しい。この本の終わり方としてもっともふさわしく、著者がこの調査を終わりにするには最高の出会いだったと思われる。

NHKスペシャル(放送された記憶はあったが見ていなかった)
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2011/0619/

動画:あってよかった!
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:36 |

『終わらざる夏』 浅田次郎

 小説を読むときは必ず事前に情報を得ないようにしている。たとえばこの本で言えば、本屋のpopで戦争に関するものだというのが分かると、それ以上はなるべく避ける。ネットで事前にあれこれ見るということはありえないし、友達から「どうか」という話を聴くこともしない。自分のそのときの興味にしたがって、今回であれば、戦争関連であること、本屋のpopが自分の今の興味にピッタリであったこと、浅田次郎なら間違いないだろうと思ったこと、それらからこの本を読むことにした。だからここにもあまり本の内容には触れないようにしておきたい。

4087450783終わらざる夏 上 (集英社文庫 あ 36-18)
浅田 次郎
集英社 2013-06-26




 物凄い重さで、最後の方は読むのがつらい。

 途中までは、戦争の中にも何か光るものというか、それぞれの希望というか、楽観的な何かを感じさせるような描写を、それぞれがたくましく生きていくドラマの中に感じていたのだが、終盤はそれを切り離していくような流れに入っていき辛かった。

 でも、これは史実として知らなかったことを教えてくれる貴重な物語である。そして、それは日本人として知っておかなければならないことだと思う。また、今のような周辺国と微妙な状況になってきている中で、戦争とは何かを国家・軍隊の目線から自分の生活レベルの目線にまで下げてくれる、貴重な物語である。

 とにかく登場人物が多い。そして、その誰もが主人公になるレベルの詳細さで描かれている。そして実際、ひとりひとりは主人公として苦悩し、彼らの物語を貫いていく。

 文庫本あとがきの梯久美子氏の解説が本の価値を存分に表しているし、集英社のサイト(これは永久に残しておいて欲しい)を見れば、著者の執筆に対する思いが読み取れる。

 ただ、この本に出てくる軽井沢で譲と静代がサーシャと遊ぶシーンは不要だった。細かく物語を実話の様に積み上げてきたものをファンタジーを混ぜることでちょっと興ざめしてしまった。最後もまた似たようなことが出てくるが、それはまだなんとかかんとか飲み込めたけど。


 蛇足で一点。著者は政治的な問題を提起しようとしているのではないと言っているが、北方領土だけが日本の領土ではなく、千島列島も日本が平和的に得た領土である、というのは歴史的な事実である。小説にも書かれているが、あえて言えば、千島列島はもともと日本の領土でもロシアの領土でもなく、クリルアイヌのものである。「北方四頭だけ返してもらおうのはなんだか不思議だな。どうして千島列島全部じゃないのだろうか」と、子どものころから思っていたのだが、こういう主張をする人に初めて出会った。

集英社
http://www.shueisha.co.jp/1945-8-18/index2.html
占守島特設サイト
http://xn--glrs3qn5a.com/
「士魂」の由来
http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/11d/organization/sensha.html
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:30 |

『「超」入門 失敗の本質』 鈴木博毅

『失敗の本質』の解説本。

4478016879「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ
鈴木 博毅
ダイヤモンド社 2012-04-06



 『失敗の本質』は読んだけれども、途中から苦痛になってほとんど斜め読みでよく分からんかった。けれども、この本はシンプルで非常に分かりやすい。でも分かりやすすぎて「ほんまかいな」と思ってしまう。こうなるとまた『失敗の本質』に戻らないとならないわけだな。。

 なんで今更これを読もうと思ったかというと、今(2014年の今時点も引き続き)携わってるプロジェクトが非常にやばい状態にあり、まさに「失敗」に向かってるんじゃないかと思わずにいられないので、これを読んで何かヒントがあれば、改善点があればなぁ、と思い手にとってみたというわけ。でも、この本で語られている問題点と今のプロジェクトの問題点はちょっと違っていたので、なんか結局そういう意味では役に立たなかった。

 この本で再三語られるのが、本部(大本営)が現場(前線)の状況を把握せずに無茶な指令を出して壊してしまうというものだ。日本軍はほんとにこんなに間抜けだったんだろうかと疑うくらいひどい。
その例が以下の事例

 ・ノモンハン事件
  大本営の方針が不明確、中央と現地のコミュニケーションが機能しない
 ・ガダルカナル作戦
  米軍の戦力を過少に判断、陸海軍がバラバラな状態で壊滅的な打撃を受ける
 ・インパール作成
  行う必要のなかった作戦が日本軍の情緒主義から生まれ、膨大な犠牲を払う
 ・レイテ海戦
  統一指揮がないまま終わる

以下の7つがエッセンスとして挙げられている。本を読むと理解できる。

『失敗の本質』から学ぶ7つの敗因
 1.戦略性戦術・主義を超えるもの
 2.思考法練磨と改善からの脱却
 3.イノベーション既存の指標を覆す視点
 4.型の伝承創造的な組織文化へ
 5.組織運営勝利につながる現場活用
 6.リーダーシップ環境変化に対応するリーダーの役割
 7.メンタリティ「空気」への対応とリスク管理


 ただ、ちょっとフェアじゃないなという記述もある。たとえば2章の05、06辺りでは「ゲームのルールを変えたものが勝つ」というタイトルで、市場の押さえ方を記述している。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズがなぜ日本で生まれないのか、それはゲームのルール自体を変えるような破壊的な発想ではなく、型の習熟と改善を基本とする日本的思考と関係しているのかもしれない、と書いている。いやいやそんなことないだろう、と。ホンダもソニーもあるし(かつてあったし)、そもそもアメリカの市場を押さえるのはアメリカに住んでる人間のほうが有利に間違いない。なんかちょっとこじつけちっくだ。自分の結論に有利な持ってきかたであり、一方向からの見方しかできていない。

 こんな感じで、ところどころ「ん?」と思う箇所はあるのだが、平易に分かりやすく書かれていて、全体で見れば、それほどおかしなところもないので、それなりによかったと思う。とはいえ、上に書いたような書き方があるとイマイチ信頼できずに話半分で読んでしまうのだが。

 またいつか『失敗の本質』を読んでみよう。
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:22 |

『世界を変えた10冊の本』 池上彰

416790036X世界を変えた10冊の本 (文春文庫)
池上 彰
文藝春秋 2014-02-07


この本で取り上げられているのは以下の10冊。

 『アンネの日記』
 『聖書』
 『コーラン』
 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
 『資本論』
 『イスラーム原理主義の「道しるべ」』
 『沈黙の春』
 『種の起源』
 『雇用、利子および貨幣の一般理論』
 『資本主義と自由』


 さすがに解説がわかりやすい。どの本もどう世界を変えたかがよく分かる。
 こう見ると宗教の本が多い。3冊。
 さらにバックボーンや影響を与える対象などに宗教が絡んでくるものが2冊(『アンネの日記』と『種の起源』)。
 世界を考える上で宗教が重要な意味を持っている、と池上さんが考えていることがわかるし、実際、日本人が考える以上に宗教は世界を作っている。それを理解するうえでもこの「解説書」は良書だと思う。

 私は読んでいない本がほとんどだが、『アンネの日記』だけは読んでおこうと思う。池上さんの解説もこの本については、通り一遍の解説ではなく、アンネの人間的な部分が赤裸々に書かれていることも教えてくれる。

 池上さんの解説はこちら
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:16 |

『海賊とよばれた男』 百田尚樹

 爽快。噂どおりに面白かった。

4062175649海賊とよばれた男 上
百田 尚樹
講談社 2012-07-12



 出光佐三と出光興産をモデルとした小説。1885年生まれ、1981年没という95年の波乱万丈でありながら信念を貫き通した生涯を描いている。この本はとにかくリズムが良い。上下巻700ページを超えるのに、短く感じるくらいに読みやすい。これは、展開をどんどん進めて、途中の細かな説明を省けるところを思い切って省きまくっているからだろう。え、もう次に行っちゃうの?と思うくらい次々にエピソードが進んでいくので全く中だるみしない。少し軽い感じもするのだが、万人に受けて、これだけ売れるのはこういうところが受けていることも理由になっているに違いない(まさに売れることを目的に書かれているのだろうが)。

 ここに作者のインタビューがあり、そこにも書かれているのだが、戦後すぐの時代に出光佐三だけが凄かったわけではなく、多くの志高い人たちがいたからこそ、このようなおとぎ話的な事実が起こり得たのだと思う。東京銀行、東京海上火災保険、通商産業省、そういう人たちのおかげで「日章丸事件」という快挙があったのは間違いない。僕が電車の中で思わず涙しそうになったのはイランで日章丸がイランの人たちに歓喜で迎えられるシーンだった。熱い、おとぎ話のような世界があの時代には本当にあったのだ。
インタビュー2つめ

 馘首なし、タイムカードなし、出勤簿なし、定年なし、というのもこのお話(というか出光)の「売り」のひとつ。「ということは残業代もなしってことか」と思っていたのだが、このインタビューではそこにも触れてある。また、なぜ尊敬する経営者が松下、本田、稲盛、といった面々だけで、出光佐三が挙がってこないのか、ということについても分析していて面白かった(そこに誰も発見していなかったネタがあったということ)。

 ところで、出光興産がその後どうなって今に至っているのか、ということに興味を持ったので、いろいろなサイトを見た。すると、出光昭介氏(出光佐三氏の長男でこの本の中にも登場する)のWikipediaに以下のPDFリンクがあり、会社がどのように変わっていったのかが書かれていた。2006年に上場し、残業制度や定年制度もあるということで、だいぶ会社も変わってきているようだ。クビ(いわゆるリストラによるクビ)は無いようで、「大家族主義」という理念は生きているようであった。(この本にまとまっている模様)

 僕は「昔は良かったなぁ」というのは好きではない。今は今で素晴らしいことがたくさんあると思う。だから単純にこういう人が今いれば、なんてことは全く思わない。やはりその時代の著名人は少なからず時代を映す鏡であると思うわけで、あの時代だからこその表現があったのだと思う。だから、ものすごく右右しい形で政府というか安部晋三の靖国よりの世界をサポートする著者の政治的な側面は好きではない。とはいえ、お話はお話として面白かったというは事実。それとこれとをしっかり分けて考える、理解することが大事だと思う。
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 01:11 |

『ソ満国境15歳の夏』 田原和夫

 これは必読。

4806755648ソ満国境・15歳の夏
田原 和夫
築地書館 1998-08



 これも『大地の子』周辺本と言えるのだが、この本を知ったのは、偶然だった。『大地の子』を読んでいるとき、たまたま、日経の最終面にこの本を原作とした映画が製作されている、という記事があった。書いているのはこの本の作者である田原氏。映画を作製しているが、昨今の日中関係が影響して撮影に遅れが生じているとのことだった。記事を見て、ぜひこの本を読みたい、と図書館で借りてみた。

 すごい内容だった。まず、直近に読んだ『チャーズ』と比較してしまうのだが、圧倒的に読みやすい。読みやすさの理由は、文章のうまさと、説明の丁寧さ、書き方からくるものだ。文章がうまいというのは、客観的に理解できるということ。当たり前といえばそうなのだが『チャーズ』ではそれがなかったのでなおさら引き立つ。説明の丁寧さというのは、時系列に並べられないところや地図に線を引いたような内容を文章で説明することの難しさを、丁寧に内容を行ったり来たり、何度か繰り返すことで分かりやすくしていることを指している。書き方が良いというのは、このソ連国境から新京(長春)へ戻るときの状況を日記からだけでなく、当時の事実を織り交ぜながら書いているところからきている。自分たちがここにいたとき、ソ連軍はどのようにルートを辿って攻め込んできて、どこを目指そうとしていたか。関東軍はどのような状態にあったのか。また、もっと俯瞰してスターリンの指令がどこで変わったか。そういったことが生き延びる中で、どういう状況であったのか、運命のいたずらとも言えるような状況がどのように折り重なっていったのか、自分のことにも関わらず、非常に丁寧に分かりやすく書かれている。作家ではない、いち会社員だった方が、非常に丁寧にその人柄がにじみ出る様に書かれていて、感銘を受けた。

 内容については、とにかく、すごいの一言。田原さんたち中学生は飢えで死にかけ、死んだ人もいた。そして、自力で帰れるだけの十分な知恵と体力があり、足手まといになるような小さな家族もいなかったことが大きいというのがよくわかる。この本でところどころに出てくる、老人、婦人と子どもの描写がまたつらい。子どもをおんぶして5歳の子の手を引く母親が逃げる集団の列から徐々に遅れていくシーンなど、ところどころに出てくる描写がほんとうにつらい。その後に『大地の子』のような話になるのが見えており、『大地の子』を読んでいたがために勝手に話の奥行きが見えてつらかった。他にも、捕虜として歩かされていた隊列から、片足を失った松葉杖の捕虜が歩く速度がついていけずに遅れていくと、ソ連兵が戻っていって銃の音だけが聞こえて、松葉杖の捕虜が戻ってこなかったシーンなど、戦慄が走った。
 
 主人公たちのドラマは当然すごいのだが、やはり戦争の持つ凄惨さというか、8/9に対日参戦を決定して、なるべく奥深くまで入り込み、強奪できるものはすべて奪っていこうとするソ連軍とソ連兵の凄まじさを感じずにいられなかった。物のない時代だからということではなく、兵が入ってくることの意味というのは、すべてが無法地帯となり、人の命は軽んじられ、強盗・殺人・暴行・強姦・放火、これらの何をしても咎められることのない状態となるということがよくわかった。当時、60年前だから野蛮な時代だったのだ、というのは誤りで、やはり戦争状態になればそういうことになる。それは、ここ10年~20年前のバルカン半島の例を見ても明らかであり、戦争が死という漠然とした恐ろしさではなく、具体的な恐ろしさとなって感じられた。

 著者は、後に感じたことや分かったことを記されているのだが、その中でもP141にある官僚に対する洞察に鋭さを感じた。
 もともと軍部といえども所詮官僚にすぎないということに尽きると思う。昭和に入ってからの軍部はとくにそうであった。一国の政治に干与しながら、その実、国家、国民のことよりも、自分の組織の利益や自己の立身出世を優先して行動する、己れに不都合なことは極力隠蔽し、あげくの果てに失敗しても自ら責任をとらず、「ご聖断を仰ぐ」などといって責任を他に転嫁しようとするのが官僚の本質だということである。


 著者は、中学の先生から「軍隊というのは自国の民間人を守ることを第一の目的として存在する」ということを教えられていながら、真っ先に逃げ出し、退却し、カモフラージュとして中学生に国境付近で農作業をさせ、ソ連軍の侵攻を遅らせるために、橋やトンネルを破壊し、それより国境側にいる国民を見殺し、捨てるという日本の軍隊の犠牲になったのである。その事実からくるこの指摘は重い。


参考資料で気になった本
 『日本のいちばん長い日』大宅壮一編 文藝春秋新社 1965
 『満州帝国 1.勃興 2.建国 3.滅亡』児島襄 文藝春秋 1976
 『対日工作の回想』イワン・コワレンコ 文藝春秋 1996

日経の記事
http://www.nikkei.com/article/DGKDZO55604450Z20C13A5BC8000/
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by vamos_tokyo11 | 2014-01-19 00:56 |